Home > 経営者インタビュー > 北野精機 株式会社 代表取締役 北野雅裕
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経営者インタビュー

研究開発用精密機器の設計開発が当社の主要事業です。大学・官公庁の研究機関で、新規開発に取り組む研究者に対して、必要な機材や部品をオーダーメイドで製作・供給しています。民間企業の研究所などにも幅広く納品しており、宇宙開発・次世代半導体・有機ディスプレイ・高温超電導など、多角的に製作機器を提供していますが、なかでもナノテクノロジー分野の研究に適した開発を得意としており、真空技術・低温技術・精密加工の3つの技術融合において、優位性を持ちます。

そのため、当社の強みは応用力の広さと言えます。どのような研究機材の開発ニーズにも臨機応変にこたえられることから、研究者の希望に対して「まずはやってみましょう」と話を進めていくことができます。当社は設立から半世紀かけて、高度な技術を蓄積し、研究者とともに科学技術の最先端を歩んで来ました。この間、研究者のために尽くし、その先の世の中のために尽くしてきたことに変わりはありません。これからも明日の研究を支える精密機器開発を通じて、社会の発展に貢献していきたいと考えています。

 

氏名

北野雅裕 Masahiro Kitano

出身地

大田区出身です。北野精機で生まれ育ちました。

愛読書

『週刊少年マガジン』。もう少年ではないから卒業しなくちゃとは思いつつ、「ゴッドハンド輝」と「はじめの一歩」が大好きで、買い続けてしまっています(笑)

子どもの頃の夢

漠然とではありますが、「北野精機の社長になる」と思っていました。ものづくりが好きでしたが工学部ではなく商学部へ進み、父の跡を継げるよう学んできたつもりです。

習慣にしていること

皇居ランナーです。仕事の後、夜に走りに出ています。2009年にはフルマラソンを完走しました。走った後は近くの銭湯で汗を流して、ビールを飲むのが気に入っています。

 
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研究のための機器の開発という仕事は、この世にまだ存在していないものを創出する事業なので、研究者の要求を満たす機器を作ることができるかどうか、毎回の開発が挑戦です。全社員で協力して研究し、時には徹夜で取り組むこともあります。とにかく泥くさい努力を重ねる日々なので、壁にぶつかることも少なくありません。

また、昨今どこの経営者にも降りかかっている経営の難しさは、もれなく我々も感じているところです。ただ、これからは販路を海外に開拓する可能性も広がっていますので、私自身は経営をうまく行うプレッシャーそのものも楽しんでいます。

これまで当社は本格的に海外と取引をしたことがありません。たまたまクライアントが海外の研究者だったということは数回ありましたが、コンプリート(完成品)として優れたものを作り上げ、納めたという経験は2009年が初めてです。その際に北京を訪れ、グローバルな事業展開を推進しなくてはという思いに駆られました。ドメスティックな開発に終始していては、そのうち行き詰まってしまうのではないかと懸念しました。

いまの北野精機は、中国・欧米などどこへでも、要望があれば飛んで行くというスタンスにシフトしつつあります。これまで国内の開発で手一杯でしたが、今後はボーダレスに、アグレッシブに世界へ攻め出て行きたいですね。

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当社は設立50年の節目に『研究者と、生きる。』という理念を掲げ、積極的な海外進出であらゆる研究者に北野精機を活用してもらおうという動きに乗り出しています。

我々の手掛けるものは、世界初か日本初の開発に関わる場合がほとんどです。そうした貴重な開発機会において、より良い製品を提供したいと考えるのは当然のこと。トップであること、最先端であることにこだわり、世界中からいい会社と思ってもらえるような働きをしたいですね。

技術は日々新しくなります。常にその時点で最高の開発を行うことが我々のミッションです。過去50年でやってきた開発は、まだまだ途中だと認識していますので、今後も既存事業の精度の追究と並行し、いいものづくりを着実にこなしていくつもりです。大田区という製造業の町の中小企業として、どこかと比べられるわけではなく、世界から「いい会社」と認知してもらえるような開発を推進していきたいと思います。

創業者であった私の父は、研究者の卵である学生たちを大事にして、たとえその研究が利益に直結しない場合でも、機器開発を快諾する方針を貫いていました。そうして応援してきた学生たちが、今トップリサーチャーとして世界に羽ばたき、研究史に名を刻んでいるのは誇らしいことです。赤字になる開発があっても、ほかでカバーできればそれでいい。儲かるか儲からないよりも、研究者の味方でありたい。北野精機はそんな精神の会社です。

経営者インタビュー

人生は一回しかありません。納得する人生を社員に送ってもらいたいですし、私自身そういう人生を送りたいと考えています。それはいろいろな経験を積むことで叶います。同時に、みんながわくわくできる会社、いいものを作って世界に誇れる会社でありたいと願っており、そのため社員にはあらゆることに貪欲にチャレンジしてもらえる風土を築いています。

当社には社長室がなく、オープンな環境です。新卒社員が社長に直接意見を言うこともできますし、頻繁に行われる飲み会などで、フランクな意見交換も可能です。以前、居酒屋で社員から「社長、聞いてください」と会社についての不満や疑問を述べ立てられたことがあります。その時に正座で受けた指摘をメモに取り、毎日胸のポケットに入れて持ち歩き、3年ほどかけてその社員の不満や疑問をすべてクリアすることができました。このことで社員の意見に基づいて会社に対する不満を解消せねばならないと思いましたし、自戒のきっかけになりましたね。社長というのは社員の間近に在って、想いを伝え合うべき存在。どんなに大規模な会社に育ったとしても、会社の成長に貢献してくれる人材に対して、密接なコミュニケーションは継続して持って行きたいと思います。

いずれ分社化などを行い、グループで開発事業を分担するようになるかも知れません。その頃の主要な役割を担う人材を育てる必要も感じており、求める人には大切なことをどんどん教えて行きたいですね。

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ここ数年の就活生を見ていると、「その他大勢」になっている人が多いように感じます。他者と同じであることに安心している人を採用するのは、会社として困難です。個性があれば就活に成功する、という話ではなく、目立って初めて見てもらえる部分があると思うのです。もっと自分のいいところを強くアピールして、人と違うことをやってほしいと思います。そうでなければ人生、つまらないとは思いませんか。

去年、開発で中国に行って改めて思いましたが、世界で通用する人材というのはなんらかのエッジの利いた人です。なにかしら一芸に秀でるとともにコミュニケーションスキルをもち、自分の人間的な魅力や武器を的確に相手に伝えられる人ほど、会社も採用したいと考えます。

世間では就職氷河期と言われますが、採用枠が一切ゼロというわけではありません。へこたれないで気合を入れて、がんばってほしいですね。当社は周りの人のバックアップで、やりたいことをやれる分、実力を伸ばしたい人が伸びる場所。日の丸をイメージした会社ロゴの赤が”情熱”を意味するように、ここはアツイ会社です。当社を志望する人には、ぜひ実力を発揮するために欠かせない行動力を、見せてもらいたいと思います。

小学生時代

北野精機に生まれ、金属を削る音で目覚める子供時代を過ごす。工場で遊ぶことが多く、見よう見まねでものを組み立てたり、模型を作って従業員とともに育つ。

16歳

父親とケンカし、家を飛び出す。生活費はバイトでまかない、大学には進まず、高校に通いながら就業。卒業後、建築現場や設計事務所で20歳まで勤続。

20歳

建築等の仕事で貯めた元手で、二十歳の誕生日に会社を設立。卸売の商社を立ち上げる。

22歳

父から「アメリカへ行かないか」と声をかけられ、6年ぶりの和解を経てアメリカの大学に遊学。学ぶ気はそれほどなく、現地の友人と卸売の会社を立ち上げる。

24歳

「息子と一緒に仕事をしたかった」という父親が一芝居打ち、『チチキトクスグカエレ』の連絡を受けて帰国。実際は元気。決して言葉には出さない父親の想いを感じ、「よし!一緒にやろう!」と決意する。以来、北野精機で活躍し、現在に至る。