Home > 経営者インタビュー > 株式会社 ネクシィーズ 代表取締役社長 近藤太香巳
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経営者インタビュー

当社は企画提案・営業の両方を行うマーケティング会社です。広告代理店と共通する部分もありますが、企画提案の先の営業展開までワンストップで自社展開できるところが、他社とは絶対的に異なります。たとえば当社は『Nexyz.BB』という、ソフトバンク回線を使用した、自社サービスのISP事業を行っていますが、営業のみ・企画のみではなく、マーケティングアプローチの企画・提案に始まり、エンドユーザーと接する営業からアフターフォローまでトータルに行っています。

最高のディストリビューターとして成長してきた中で、今後進めていきたい事業アウトラインが大きく2つあります。1つ目は自社サービスのリリースで、これはすでにトラベルウエブマガジン『旅色』などで実現し始めています。2つ目が、ジョイントベンチャーの推進による事業の拡充です。当社は2009年4月に、創業41年のきもの着付け教室を手掛ける株式会社ハクビを買収しています。この子会社化は、ブロードバンド事業を主軸に据えてきた我々が、文化教育の側面でユーザーにアプローチしていくための布石となりました。

このように、企画営業会社として常にヒットを出し続けなければならない当社にとって、着付け教室運営という「小さいけれどもこの先に絶対になくならない市場」への着目は自然なことでした。なぜハクビか?というのをよく訊かれますが、41年の歴史と500名以上の講師をもつハクビと、随一の企画力・営業力をもつネクシィーズがきもの業界に進出すれば、大きなムーブメントを巻き起こせると考えました。きもの業界での足がかりを得た現在、当社はフリーマガジン『kiino(きいの)』の発行や『きもの・ゆかたクイーンコンテスト』などの実施により、日本のきもの愛好者の裾野を着々と広げています。

こうした新事業に加え、過去5年間で約60億円以上を投資してきたISP事業が、今まさに投資回収のフェーズに突入しています。初期投資で作り上げた回線インフラを、ユーザーからの月額固定費で回収する継続収入型のストックビジネスである分、ブレイクイーブン後は黒字収益事業に転じるところが、この事業の醍醐味です。そのタイミングがちょうど今。これからのネクシィーズは、こうした新しい仕組みづくりの成功を経て、将来性の高い事業を引き続き新たに展開していきます。

 

氏名

近藤太香巳 Takami Kondo

出身地

大阪府出身

尊敬する人

ピンチのときに30億円以上の出資をして頂いた恩師、SBIホールディングス(株)代表取締役CEOの北尾吉孝氏。さまざまなことを教わりました。それから、(株)幻冬舎 代表取締役社長の見城徹氏。見城社長は人間臭いところが好きですね。

これだけは譲れない!

「好きか、嫌いか。カッコいいか、カッコ悪いか」という観点。

学生のときの私

落ちこぼれでしたね。高校も2度、中退しています。要は、一生懸命がんばって、他の人ができないことを成し遂げようという努力だと思います。

 
経営者インタビュー

かつて「営業職」とは、高いものを売る仕事でした。デキる営業とは、営業力でガンガン押していく人のことを指した時代も長かったと思います。しかし今の営業は、世の中にニーズがあるものをいかに安く売るかを考えなくてはなりません。ISP事業の営業を例に挙げると、インターネット黎明期には回線のニーズも多く、それだけ料金も高く設定されていました。当時、ソフトバンクと手を組み、Yahoo!BBの営業を始めた頃、アウトバウンドの電話で最も多かった断りのフレーズが「すべてNTTに任せてますから」でした。でも、当時のNTTは決して安いわけではありませんでした。そこで我々がお客様に説明し納得して頂く営業を行った結果、NTTよりも安い料金で、Yahoo!BBを一気に普及させたんです。当時Yahoo!BBをネクシィーズ1社だけで137万件を普及させ、圧倒的なNO.1ディストリビューターになりました。その結果、価格破壊が起こりITベンチャー企業全体も潤い、IT産業がここまで育った。日本企業の活性化に貢献したわけです。

通信が早いことでデメリットを被る産業もあるでしょう。一概にネットが安くて情報が簡単に得やすくなることが、すべていいことばかりとは言いません。しかし、人類の進歩に資する仕事を我々はしたと思います。手っ取り早く言えば、時計を早回ししたようなものです。

テクノロジーは10年先を見るけれども、商売のポイントというのは、1歩か2歩か3歩先くらいにあるものです。人々の生活を2、3年分くらい、先取りするのがネクシィーズの攻め方。携帯電話がお金持ちだけのものだった時代から、日本中の誰もがケータイを手にする時代に移行するための時計を早回ししただけなんです。当社の目の付け所は、「みんなの見ていないところ」と「みんなが見ているところ」。常にユーザー目線で企画・営業を行うので、これまで世の中になかったものを作ることもできるし、既存のものを洗練させることもできるのです。

現在、当社が最も力を入れているのが『旅色』『パピーヌ』などのWebマガジン事業です。とりわけトラベルウェブマガジン『旅色』では、これまでインターネットに登場していなかった、映画やドラマで主役級の28名もの有名女優を表紙に飾り、旅行企画に出演してもらうことでブランディングを図り、理想的な旅の演出で、宿とユーザーのマッチングを起こし、WIN WINの効果をもたらしています。我々のミッションというのは、こうした良質なサービスを安くユーザーに届けること。高いものを高く売るのではなく、いいものをより安く売るのが本当の営業会社だと思っています。

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私自身は19歳で起業してから、営業力とアイディア、そして、ともに戦ってきた部下たちと、ここまで駆け抜けてきています。東証一部上場も果たし、当時最年少創業社長にもなりましたが、まだゴールとは思っていませんのでどの社員よりもたくさん働いています。社長が社員に負けちゃダメでしょやっぱり(笑)。ネクシィーズは企画と営業という2つの車輪で回っている会社なので、企画を出す時はとことん考え抜きます。企画案を出す際に妥協はしません。アイディアは、自分の限界を超えた瞬間から輝き出すんです。アイディアが出尽くしたかと思ったその後で、絞りだすアイディアが輝いているものですね。

よく、もつ鍋ブームやラーメンブームなど、流行が来ると波に乗って店が建ち、ブームが去ると、ほとんどが潰れ、ほんのわずかな店だけが残ります。そこで消える店と残る店の違いとは、とことん考えぬかれた熱意の有無なんです。徹底的に考えて作ったスープ。研究しつくされた味。それらが優れていたなら、消費者は離れません。「そんなのムリだ」という狭い道から未来を望み、いい商売を考えることが仕事のポイントです。

私はたまたま営業畑で腕を磨いてきたのがよかったんでしょう。商売はわかりやすく行うのが大事だと知っているし、集中力を発揮して、いい商売を考えることができていますから。私は常に次のステージを見据えており、そばには一緒に歩む社員たちがいます。毎年、私の誕生日には社員たちがそれぞれ考えて、独自性のある贈り物をしてくれます。社員の顔写真を合成して、ネクシィーズのポスターにコラージュしたアートとか、ちぎり絵で『旅色』の表紙を模した作品とか、時間をかけてこうした贈り物を作ってくれる社員たちに、私はいつもうまく乗せられて働かされていますね(笑)。当社は結束力の強さが昭和的。それだけに部下とも強い絆があり、1,000人家族のような会社になれています。

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当社で働く面白さというのは、商売をトータルに扱えるところにあります。日々、新しいものをマーケティングしていく会社ですから、ずっと同じ仕事の繰り返しということがないんです。商売には2つの要素しかありません。作ることと、売ることです。それが商売なんです。それらは、企画力と営業力で実現できます。

ネクシィーズに入社したら、チームマネジメントスキル・企画提案力などを身につけていき、やがてユニット長としてチームを担うようになって、最終的には支店長でも役員でも、自分の望むゴールを見据えて歩んで行くことになります。当社の昇格人事制度はユニークですよ。年功序列ではなく、各役職ごとにステージがあり、自分がその役職のどのレベルにいるか、3段階でわかるようになっています。たとえば課長になりたての人は「課長のC」、そこで活躍すれば「課長のB」に昇格できて、「課長のA」になったら、もう「部長のC」が近いというシステム。これにより、すでに「課長のA」がいる課にあとからなりたての「課長のC」として誰か入って来ても、職掌や感情面で揉めることもありませんし、刺激を与え合いながらお互い上を目指して進んで行けます。やはり人は、チャンスとステージの両方を与えられてこそ伸びるもの。その上で徹底的に鍛えられたなら、優れた人材になれます。私はネクシィーズグループ全社を通じて、そういう人事を心がけています。

そもそも当社も、東証一部上場企業とは言え、世界と比べたら「上場企業のC」に相当するレベル。新卒社員にも言っていますが、うちは大手一部上場企業に「追いつけ追い越せ」の精神で、上を夢見て仕事に取り組んでいるんです。一部上場企業社長の平均年齢は70歳と言われています。若いオーナー社長は少ないですよね。そんな中で当社は、私自身がまだ40代ですし、社員も20代が多くを占めます。しかも、当社はいまどき珍しい、経済成長期の中小企業のような社風です。青春が好きなんです(笑)。多くの時間、仲間と夢や想いを語りあった経験は、メンバー同士の心のつながりを強め、価値観の共有を促します。こうして、ネクシィーズの文化が築き上げられ、様々な苦難を乗り越えた強い現在があるのです。

経営者インタビュー

ネクシィーズへの就職は狭き門。毎年70名から100名の採用枠を設けていますが、応募者に対して合格率はわずか2%です。私自身が全国の説明会会場を周っていますが、説明会を聞いた学生の95%以上が入社を志望してくれています。そんなハイレベルな戦いを強いられるので、よほどの実力がある学生でなければ採用されないと思われがちですが、そんなことはありません。学生の時点で、それほど能力に差はありませんよ。

一番ほしい人材は、「ネクシィーズに入りたい」という熱意があって、一生懸命になれる人。面接では想いを正直に語ってほしいですね。面接は緊張するものですから、実力が出し切れる人のほうが少ない。それならありのままの自分で勝負したらいいじゃないですか。ネクシィーズはパッションを重視します。入社後も、非常に自由な会社なので、野心家の人ほど活躍できるフィールドと言えます。

また、当社は社員の絆が強い会社。互いを家族のように大切にしています。そんな社風なので、みんなで一緒に東京湾クルーズに出かけたり、思いきり遊んだり、とにかく楽しいことも、苦しいことも、ともにシェアしていくんです。一流のものを一緒に経験して、「こんな世界があったんだ」と上のレイヤーを垣間見て、さらに上を目指していく。いい経験をすることで、次々に目指すべきゴールが目の前に広がります。

ネクシィーズに入った人には、たくさんいいものを見せてあげるし、厳しい教育も施してあげられる。互いに一流を夢見ることを大事にしたら、一緒に成長していけます。いまのステージで満足せず、背伸びをすれば、必ず次のステージが見える。それを忘れずにいてください。

17~18歳

17歳で高校を中退。18歳の時にローンで新車を購入するも、六甲山を飛ばして事故を起こし、納車後わずか17時間で廃車にする。220万円の借金のみ残り、返済のためにホームテレホンの訪問販売会社に就職。営業マンとしての実力を発揮する。

19~22歳

父の勧めもあり起業を決意する。大阪で『日本電機通信』を創業。販売拠点を四国の高松に移し、初めての社員募集を行う。その後『日本テレックス』に社名変更。

23~30歳

月々2,000円で電話が引ける電話回線権利の新しい形、テルミーシステムを考案。その後、携帯電話にも流用し、携帯販売店『テルミーショップ』を展開。爆発的に普及させ、“携帯電話”を”ケータイ”にすることに成功。四国・九州エリアでの大ヒットを受け、東京に進出。30歳の頃、渋谷インフォスタワーに本社を移転。

31~37歳

『株式会社ネクステル』に社名変更。東証マザーズの上場審査が通り、上場2週間前にITバブル崩壊危機の煽りを受けて取り止めとなるが、ソフトバンク・インベストメントの資本参加により、倒産の危機を乗り越える。「The next of XYZ ~ 究極の先へ ~」という思いから、『株式会社ネクシィーズ(Nexyz.)』に社名変更。34歳の3月、ナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)上場。37歳の11月には東証一部上場を果たし、当時最年少創業社長となる。

39歳

JAPAN VENTURE AWARD 2006において最高位の経済産業大臣賞受賞。