Home > 経営者インタビュー > 株式会社 ヘッドウォータース 代表取締役 篠田庸介
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経営者インタビュー

システム開発事業を多角的に展開しています。国内で完結する開発はもちろんのこと、オフショア開発ならびにオフショア開発環境の整備や海外事業進出支援にも並行して取り組んでおり、多彩な人材を確保・育成していることから、世界標準の中で引けを取らないサービス品質に自信をもっています。

昨今、ほぼ全ての産業はシステム化されており、システム開発なくしては産業の成長もありません。そうした現状にありながら、日本のシステム開発業界は世界的に見て遅れている部分が多く、決してIT先進国を名乗れない状態にあります。当社は、そんな日本のシステム開発を取り巻く環境を懸念し、業界構造に疑問を投げかけると同時に、エンジニアひとりひとりの在るべき姿を模索して、世界で太刀打ちできるエンジニアの育成に務めています。

社名の『ヘッドウォータース』も、そんなビジョンを込めて付けました。技術を武器にして、ビジネスにおける最上流を狙い、日本のシステム開発を牽引していきたいと考えています。

 

氏名

篠田庸介 Yosuke Shinoda

出身地

東京都青梅市生まれ。自然に囲まれ、サッカーや釣りをしてのびのびと育ちました。

最近のマイブーム

毎朝泳いでいます。あとは読書。

訪れたことのある国

イギリス、フランス、イタリア、ギリシャ、モルディブ、インド、スリランカ、タイ、シンガポール、マレーシア、ミャンマー、インドネシア、カンボジア、ベトナム、オーストリア、韓国、中国、パラオ、アメリカ、フィリピンetc。30代の頃、ダイビングが好きだったので海にはよく行きました。モルディブが特に美しくて印象に残っています。

学生のときの私

勉強が嫌いで、スポーツが大好きでした。社員とのサッカーでも負けません。学生時代に鍛えた身体は、そうそう弱らないものですね!

 
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経営上で生じる困難の可能性については、すべて織り込み済みですので特に苦労と感じたことはありません。不況の到来も、商品が売れなくなる時代が来るというのも10年を顧みれば何度もあります。不況が来た、商品が売れなくなった、ちょっと景況が回復してきた、と一喜一憂する経営者もいますが、むしろ不思議な感じがします。

大事なのは、市況を読むことよりも地力を育むことだと考えています。どんな不況下でも生き残り業績を伸ばす企業があります。勢いに乗って儲かるビジネスモデルを生み出すのも大事ですが、技術力、営業力、財務体質などを強化し、あらゆる状況下で継続的な発展を実現するのが経営なのだと思います。

ヘッドウォータースを立ち上げる前、ボランティアで経営にまつわる私塾をつくったことがあります。その頃、セミナーを受講してくれた生徒と思わぬところで出くわすことがあり、蒔いた種が実る感覚を覚えています。「その節はお世話になりました」なんて名刺交換で言われると、びっくりすると同時に嬉しいものですね。

経営者インタビュー

日本のシステム開発業界の抱える構造上の問題点を解決に導くこと、そして日本を国際社会で勝負できる、IT先進国に育てること。これらが当社のビジョンです。ミクロでは個別のエンジニアの育成、マクロでは業界構造の変革となります。

我が国では開発のニーズが生じる多層構造の中において、中間層以下のエンジニアはいわゆる「いいシゴト」を経験するチャンスに恵まれないのが現状であり、それが日本のIT先進国になりきれない理由のひとつと考えます。短期的視野のもとで作業的な開発を行っていては、未来に経営幹部や希少価値のあるビジネスマンになるのは困難です。20代、30代で習得した開発スキルをただ反復しながら歳を取ったエンジニアは、20年後に管理職に就けないばかりか、新しい技術を持たない不要の人材として切り捨てられるリスクすらあります。そして日本では、そんなエンジニアが大半であり、エンジニアという職種自体、希望のないものと捉えられがちです。

一方、インドやベトナムなどIT先進国と言われる国々では、国家的に優秀な上位何パーセントという人材がエンジニアの道に進んでおり、欧米市場に進出できた人材は月収100万円を超えるケースも多々あります。こうした国々では、エンジニアは憧れの職業であり、選ばれた人材しか進めない道だと認知されています。

未だに技術は日本のコアであり、この分野での敗北は国際社会での後退を意味します。しかし、優秀な人材が技術を目指さない日本の未来は決して明るくありません。技術で世界をリードする為には、技術において日本しか背負えない分野を確立しなければなりません。それを背負う人材の育成が急務となります。単純にプログラミングや設計の速度や精度だけで勝負しても、日本人の圧倒的な勝利はありません。何倍もの人件費を取りながら、同等の成果しか出せないのでは、日本の競争力は低減する一方です。

しかし、日本人にはほかにない強みがあると私は信じています。それは、ユーザビリティを追求した完成品に対する要求の高さ、その結果である品質の高さ。顧客側に立って製品を煮詰めていく力。とことんモノを作り込み、高い精度を追求できる人種・民族は、世界でも類を見ないほどです。スペースシャトルのネジを日本の一工場が作っていることからもわかるように、日本人には品質を追求させたら世界一となれる国民性があると私は確信しています。特に組織戦において品質を追求した時にはアジアの優秀なスタンドプレイヤーがどれだけ集まっても、日本チームに敵わない底力を発揮することができるのです。

そして、サービス業などに見るホスピタリティの高さ。相手を慮りもてなす力とも言えます。これは市場を読む力、また、製品を仕上げる力、集約するとサービス業における競争力に繋がります。

こうした長所を、ビジネスマインドを持つ新時代のエンジニアたちが世界にその実力を見せつけて行くとき、日本の開発会社はようやくグローバル化を果たし、世界の最上流で開発を担うことが可能になることでしょう。「技術を使ってビジネスにしろ」と私は社員に日々説いていますが、その背景にはこうした思いが込められています。

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社員にはオープンに接することを心がけています。また、社内では公正さと、自由に行動できる環境を維持しており、各エンジニアが将来のビジョンに向かって常に挑戦し続けられる社風です。基本的にIT関連であれば、どんな事業も好きなように取り組んでほしいと思っています。多少のリスクはどんな挑戦にもありますから、勇気をもって、メンバーたちには攻めの仕事をしてもらいたいですね。

当社のエンジニアは、年齢や経験年数に関わらず事業企画実行者がそのまま事業部長となるシステムのため、新卒入社の説明会を行う際には、チャンスはあるが相応に厳しい環境であることを告げています。仕事に誇りを持てないタイプの人には当社は向いていません。そんな説明をしてもまだ入社の意志が強い人が、新卒入社を果たしています。当社には社員に対する個別の配慮はありません。全員を平等に扱う実力主義の会社です。それだけに、夢も志も大きく抱き、それに向かって自分なりのやり方でアグレッシブにアプローチしていける環境と言えます。

当社は、福利厚生など仕事外の手当や単なる居心地の良さでメンバーを集める気がありません。反対に、仕事に対する誇りを味わえる環境、達成感を実感できる環境を作り上げています。仕事は一般的にツライのが普通です。しかしそれでは、週5日間はツラくて、土日だけが楽しいといった生き方にもなりかねません。1週間のうち2日しか幸せではないのを、本当に幸せな人生と呼べるのでしょうか?私は、仕事という真剣勝負の中にこそ、楽しさや幸せはあると考えます。

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「この会社でなくては駄目なんだ」という思い込みや直感を大事にしてほしいと思います。会社は学校ではないので、学びに行く場所ではありません。全力で企業の勝利に貢献した結果、能力が上がる場所です。自分の成長も、企業の発展も同じ方を向いていると自然に仕事に没頭出来て幸せな時間を過ごせるはずです。

人材を採用する側は、応募者を能力別に上から数えて何人まで採るというわけではありません。本人の性質や志向を第一として、自社に入るべき人かどうかを判断し、採用に至るものです。会社のビジョンに自分の心が震えるか、会社とともに成長できるか、それを会社も応募者も確認したうえで採用に至るなら、それこそ入るべき会社だったということになります。

仮に、就活で失敗しても別に構わないと思います。今まで生きてきた結果で採否は決まりますが、残りの人生は倍以上あります。縁があり、一度入った会社で、まずは5年10年尽くしてみて、何かしらの事業を成功に導いたという実績を築いてから、次の活躍のフィールドを探せばいいではないですか。ビジネスマンというのは組織を勝たせる人です。自分の実績で組織に勝ちをもたらした、そう自他共に認められる実績を出したビジネスマンなら、次のフィールドは容易に見つかるでしょうし、思ったように未来をデザイン出来るはずです。

最後になりますが、人は嘘をついてはいけません。嘘をつくと人格が歪み、人格が歪むとその後の人生が豊かになるのが妨げられます。それは仕事においてもプライベートにおいても言えること。いま、就職活動の最中にあるみなさんには、就活そのものを上手く乗りきることよりも、自分らしく正々堂々と、この1年を過ごして欲しいと思います。それが、この先に何十年とある仕事人生での幸せに繋がるのです。

7~15歳(小・中学生)

東京都、青梅市で生まれ育つ。最寄り駅まで山がふたつあるほど、自然が豊かな場所。実家の下に川が流れており、釣りや山歩きをして過ごす。

15~18歳(高校1~3年)

サッカーに没頭し、毎晩夜11時頃までボールを蹴って練習に励んでいた。

18歳(高校3年生)

数学が好きだったが、意味のない受験暗記が嫌いだったため、工学部を志望。工学部に入学。

20歳(大学2年生)

将来の目標を見出せずにいた頃、事業家と出会う。夢を実現に向けて動かす、経営者という生き方に感銘を受け、ベンチャーの立ち上げに参加するため大学を中退。

37歳(社会人17年生)

三社の社長を経てヘッドウォータースを設立。

42歳(社長5年生)

「IT業界変革の為には、実務を伸ばすと同時に社会を巻き込む事が必要」と考え、出版を決意。『生き残るSE』を発表。